2018年7月29日日曜日

20180729 結んだ糸の幸いのとなり



わたしはときどき絵を描くけれど絵描きではないし、音楽を作るけれども音楽家ではない。

石の買い付けに行くけれど石屋ではないし、ジュエリーを作るけれども職人でもなければデザイナーと言えるほどでもない。

何者かと問われても、わたしはまだ、いっぱしの何者にもなっていない。

そして気づけばいつのまにか、30代最後の季節を迎えている。


39歳という年齢には、少しだけ特別な思い入れがある。

いわゆるサイキックな能力が突然開花したのが、ちょうど10年前。

仕事も恋も、楽しいとつらいの狭間をいつも行き来しながら、まったく未来の見えない閉塞感の中にいた当時のわたしにとって、それは人生が180度変わってしまうほどの大きな大きな変化だった。

目に見えないさまざまな存在との交流が始まってすぐの頃、自分の寿命を尋ねたことがある。

2018年12月22日、交通事故で死亡。
享年、39歳。

それが、そのときに返ってきた答え。


だけど、そのあとでさんざん、たとえ運命で定まっていたとしても、誰かの強い意思や想いや願いがそれをたやすく方向転換させてしまうことを身を以て体験し続けてきたし、幸か不幸か、寿命を迎える前に魂が入れ替わってしまったおかげで、わたしの筋書きもまた、大きく変わってしまった。

自分たちより決して先に死んでくれるな、という両親や妹の願いはもはや、死神すら蹴散らす鎧になってわたしをガッチリ護っているし、最近なんて、自分がこのままずっと独り身で、そのうち身よりもなくなってしまったとき、そばにいてくれるであろう優秀な介護ロボットに心を教えるのはいいことかどうか、という答えの出ない問いがずっと頭の中をグルグルしているくらいだから、ともすればかなりの長生きをする羽目になるかもしれない。


なんにせよ、本来であればなんの悔いも残さずに死んでしまうはずのその年齢になった自分がいったいどんなふうに生きているのか、ということには、ずっと興味があった。

ちゃんと感情と紐づいている記憶は残念ながらこの4年弱分しかないけれど、その前の記憶のデータを遡ってみると、この10年の間に起こった出来事はほんとうに奇想天外で、信じられないようなエピソードのオンパレード。

恐怖、疑念、嫉妬、自己顕示欲、迷い、不安、淋しさ。

そういうものがなくなっていくたびにどんどん楽に、軽やかに、穏やかになって、そして、退屈になった。



たった10年で60年分くらいの時間を生きたような密度の濃い時間が過ぎて、今のわたしになってからは特におまけの人生というか、余生を過ごしているような心地がずっと抜けずにいる。

たどりついた空っぽの孤独の静けさと美しさを知ってからは、薄い透明の膜を通して見ている世界のすべてがどこか絵空事で、たとえ向かい合っていてもまったく別の次元にいるような感覚で人と一緒に生きることが、あたりまえになった。

けれども、わたしは決してひとりきりで生きているわけではないし、少し前に、自分の穏やかな日々の機微は自分だけのあり方で成り立つものではなく、とてもささやかな、たくさんの誰かから知らずのうちにもらっていた喜びの積み重ねの上に成り立っていたんだ、ということに改めて気づく機会を得てからは、何一つとして永遠に続くもののないこの世界の、いつ終わるともしれないこの日々の瞬間のひとつひとつが、とてもかけがえのない、無駄にしたくないものとして目に映るようになった。



そういう神妙な、心がとてもよく動いている状態で取り組んだのが、6月の個展『Tiny pieces of time』だった。

春先に、まだ改装作業に入ったばかりの筥崎荘々を見たときから、たぶんすごく大切な時間になるという確信があったこの展示。

終わった今だから云えるけど、この個展はひょっとすると自分の結婚式と同じくらい、あるいはそれ以上の気合と思い入れをもって臨んだ仕事だった。


最終的なコンセプトが定まったのは、福岡入りする2週間前というギリギリのスケジュール。

突破口を開くきっかけになったのは、通りすがりの木工屋さんでもらった板に描いた、一枚の絵だった。

個展のアイディアに煮詰まって過去の作品の画像データを見ていたときにふと手が止まったのは、『forumi』の最後の作品になった『Ewigkeit(永遠)』という絵の真ん中に描いた線画のスケッチ。


前のわたしが人生でいちばんしあわせだった日に描いたそのスケッチが、わたしはとても好きだった。

懐かしくなって、試しにそのスケッチを小さな和紙にプリントしてみたら、インクの残量が少なかったのか、青いはずのそのスケッチがなぜか、やわらかな暖色でプリントアウトされた。

コピーのはずなのにまるで違う空気をもつそのスケッチは、同じようでまるで違う前のわたしと今のわたしのようでもあり、ちっとも知らない誰かのようでもあった。

そこでふと、このミスプリントを使って『Ewigkeit』と同じ手法で絵を描いたらいったいどうなるだろう、と好奇心がわいた。

手元の板にササッと下地をひいて、しあわせと苦しみとがかわるがわる通り過ぎて心を壊していった日々の、声に出せなかった想いを綴った色鉛筆の落書きの代わりに、誰とも知れない誰かへの手紙を元気よく色鉛筆で描いた。

その上にミスプリントのスケッチを乗せて、仕上げのダイヤモンドを埋め込む。
所要時間は、たったの15分。

『Ewigkeit』では赤い糸をある石の中に閉じ込めたけど、今回は糸を使うのはやめた。

あの絵の糸の行き先は、前のわたしの物語のエンディングにつながっていた。
でも、今のわたしの糸はまだ、絵の中になんてとうてい収められないどこか遠くに続いている。


描いている間中、ある曲をずっと口ずさんでいた。

2年前、『胎内記憶』のイベント用に作ったにも関わらず、歌詞がしっくりこなくてずっと仕上げられなかった、大切な曲。
会ったことも話したこともないけれど、いつのまにか心をいつも深く支えられていたある人のために作った曲。

少し前に、とあるニュースをきっかけにこの曲にもう一度向き合いたい、と思い始めて、かれこれ2ヶ月ほどずっと歌詞を直していたのだけど、完成した絵を眺めていたら、その曲の、ずっとずっとしっくりこなかったいちばん肝心な部分にはまりそうな言葉が突然スッと浮かんできた。

ムスンダイトノサキアイノトナリデキミガワラウ

「結んだ糸の先 愛のとなりで きみが笑う」

あ。
これ、悪くない。

でも、違う。

わたしがわたし自身に、あの人に、大切な誰かに、この世界に祈るのは。
愛じゃ足りない。
もっともっと、まぶしいものだ。

もう、ひと声。


「結んだ糸の 幸い(さきはい)のとなりで きみが笑う」

あぁ、そうだ。
望むのはいつだって、しあわせだ。

そうして絵と音楽と言葉とがひとつになったとき、途切れた過去と未来の点と点とがぜんぶつながって一本の線を描くのが、ハッキリと見えた。





この絵と同じように、この曲もまた、完成にはとうていたどり着かない。
だからこの曲は、音程のはずれた、ざっくりしたアレンジでノイズの入ったデモのまま、人前に出してしまうことにした。

いつか、わたしの頭の中で鳴っているあの声が、あの音が、この歌を完成させてくれることを夢見て。


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『Tiny pieces of time』の展示は、今のわたしの精いっぱいの集大成だった。

正直、もっとたくさんの人に見てもらいたかったなぁと思うところはあるけれど、あとから振り返ったらきっと大きな節目になっているであろうこの年に、敬愛する友だちが想いをこめて作った空間であの展示を全力でやれたこと、毎日とてもしあわせな、満ち足りた気分で過ごした日々の中で見つけたたくさんの大切なことは、すでにこの人生の大きな大きな宝物になっている。

予想をはるかに上回る喜びにいっぱい出会えた2週間足らずの日々の中で、わたしはわたしのしあわせの種をたくさん見つけた。

絵と音楽と石とジュエリーとわたしとが、みんな同じ温度で調和した空間の中に。
作品に好意や愛を注いでくれた人たちの、優しく温かい言葉の中に。
心から信頼できる、大好きな友たちの、深い思いやりや無邪気な笑顔の中に。
ひとりではなく、誰かと一緒に何かを完成させる喜びの中に。
そして何より、次から次へとわきあがってくる大きな小さな夢や願いの中に。

今がどんなにしあわせで満ち足りていたとしても、わたしはきっと毎晩眠る頃にはまた新しい、次は、今度は、の夢や願いを抱くだろう。

叶えられたら大きな喜びで、叶えられない限りずっと、いつか何かしらの形で叶うことを楽しみにしていられる夢や願いを両手に抱えきれないくらいいつもたくさん持っていられる。

それこそがわたしにとって、何よりのしあわせなのだ、としみじみ感じる。



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何者かと問われたら、わたしはまだ、いっぱしの何者にもなっていない。
そして気づけばいつのまにか、30代最後の季節。

それでも、誰かに届けるためのメッセージや、それを目にする人に届けたいエネルギーや、作りたい空気の色、そういう「テーマ」を見出すことができたときだけ、わたしは絵描きになることができる。

心のいちばん大切な場所にいる愛する人に、言葉だけでは伝えられない想いを音に変えて声に変えて手紙を書きたくなったときにだけ、わたしは音楽家になることができる。


石の声に耳を傾けて友だちになればなるほど、誰かにとってのわたしは信頼のおける石屋になったし、持ち主と石たちのことを思い浮かべたらジュエリーのデザインはどんどん浮かんできて、左右の太さがまるで違う腕や指は、まるでいっぱしの職人みたいだ。

何者でもないわたしは、何者にもなれる自由をいつも、持っている。


たぶん、わたしの人生には今までと同じようにこれからも、突然スターダムをのし上がっていくような筋書きは用意されていない。
舞台はいつまで経っても小さなままで、観客はガラガラではないけれど満席でもない。

それでも、そこで時間を共有してくれた人の多くが「なぜかわからないけど、心がギュウッとなる」と温かい涙を流してくれたり、優しく愛おしく作品に触れてくれるから、わたしはいつも少しだけ残念で悔しい気持ちと、それを覆すじんわりとした喜びや感謝で胸をいっぱいにしながら、また新しい次は、今度は、を考え続ける。


そういう毎日が、これからもきっと、続いていく。