2016年7月18日月曜日

20160719

なんでもできるんですね、と言われるたびに、ぜんぶ中途半端ですけどね、と心が毒づく。

いつも忙しそうですね、と言われるたびに、実際はあなたよりずっと怠けてますけどね、と心が毒づく。

自分に厳しいですよね、と言われるたびに、才能がないから努力するしかないだけなんですけどね、と心が毒づく。


他人に対して何か毒づきたくなることはあまりないけれど、心はいつもそうやって、自分に毒を吐いている。

だけど私は負けず嫌いだから、毒をもって毒を制すように、吐いた毒を養分に変えて、もっとちゃんとやれる日がいつか来るのを夢見ている。


『胎内記憶』の音楽を作っていた期間、完全に煮詰まってしまい、自分の才能のなさが不甲斐なくて、夜の公園でひとりメソメソと泣いた日があった。


泣く必要なんて、本当はどこにもない。

やらなくちゃいけないことじゃなく、ただ、やりたくてやっていることなのだから。

それに、自分の作りたい完成型が見えているのはいつだって自分だけで、たとえそれが思っていたよりもずっと良くできても、はたまた全然理想に届かなくても、私以外のすべての人にとっては出てきたものが完成型だし、そこで何をどう受け取るかはその人次第で、伝えたいことがそのまま伝わることなんて、ありえないのだから。


それでも、悔しくてたまらなかった。

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小さい頃からずっとずっと音楽が大好きでたまらないのに、私は一度として、音楽に向かってまっすぐ手を伸ばせずにいる。


楽器を弾くことが、歌うことが、いろんな音楽を聴くことが、小さい頃から大好きだった。

ただ楽しい遊びの延長線上にあったはずの音楽に、音楽ライターという間接的な仕事の仕方で関わるようになって、でもその関わり方は自分が望んでいたものとは違うまま、10年以上も過ぎて。


天賦の歌う才能を持つ妹に始まり、仕事でもプライベートでも、私の周りには音楽に深く関わっている人や音楽に愛されている人がたくさんいる。

だけど私自身はいつも、音楽と寄り添っている誰かのそばにいるだけのような気がしていた。
届きそうで、届かない。


いつのまにか、音楽が好きなはずなのに、楽器を弾くことも歌うこともなくなった。
仕事以外でライブに行ったり音楽を聴いたりする回数もどんどん減って、ただ好きな音楽を好きなように聴くっていうあたりまえのことさえ、やり方を忘れてしまっていた。

知らない間にずいぶん離れてしまっていた音楽との距離感が少しずつ縮まり出したのは、自分自身がアーティストとしてアートやジュエリーの作品を発表するようになってからだ。

相変わらず、私と音楽の間には、いつも誰かがいた。
それでもやっぱり、私は音楽が好きだった。


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三年前、からっぽの中に落っこちてしまったとき、私は音楽を探した。

私をそこから救い出してくれる音楽を。

ほんの一瞬だけ人生が交錯した大切な人に、うまく伝えられなかった本当の心を届けるための音楽を。

どの音楽も、いろんな色で、いろんな言葉をしゃべっていた。
だけど、そのとき私が欲しかった色や言葉を持っている音楽は、いくら探しても見つからない。


それなら、作ってみようか。

そして私は、からっぽの心が時々小さな声でつぶやく声に耳を澄ませて、どこにも嘘のない音だけを、ひとつずつ探していった。
それが、forumiの音楽だった。


音感だけを頼りにipadのアプリで作ったデモを聴いてくれたエンジニアの友だちが「ここまでやれるなら自分でやった方が絶対にいいよ」と言ってくれたおかげで一念発起してDTMに挑戦した結果、私は生まれて初めて、自分の頭の中で鳴っている音楽を、そのまま形にすることができた。

歌の拙さやレコーディング環境の悪さや音のしょぼさやスキルのなさ、欠点を挙げていったらキリがないけど、それでも私は、あの音楽ができた時はとっても嬉しかった。

いくら時間をかけても足りない制作作業はとても楽しかったし、作っていく過程で、自分がこれまで聴いてきた音楽のかけらがいつのまにか自分の血肉になっていたことも、そのくせ、真剣に聴きこんだ音がどんなに少なかったのかもわかった。


どんな音も映像も景色も感情もあらゆるものがモノクロームで味気なく感じられる日々の中で、音楽を作っているときだけ、いのちが彩られているような気がしたし、何も考えずにただ音楽を愛せることが、しあわせだった。


ずっと音楽だけ作っていられたらいいのになぁ、とも思う。
だけど、残念ながら私にその才能はない。

私の中にある音楽は湧き出る泉ではなく、ごくたまに降ってはすぐに止んでしまう霧雨みたいに、所在ない。

そして、その霧雨を降らせるものの正体を私はずっと「心が強く動く瞬間」だと思っていたのだけれど、それが実は間違っていたことに気づいたのは、ごくごく最近のこと。


気づかせてくれたのは、意外な人たちだった。


昨年の冬、ジュエリーの展示を終えてオーダー分の制作期間に入った頃、映像作品ブームの余韻がまだ残っていた私は、制作の合間にレンタルした映像作品を観るのが常だった。

その時借りた作品の中に、『味園ユニバース』があった。

主演は関ジャニ∞の渋谷すばるさんと、二階堂ふみさん。
二階堂さんが出ていた『私の男』からの流れで借りたその映画で、私が目を奪われたのは彼女ではなく、渋谷すばるさんだった。

彼は歌以外の記憶を一時的に失くした男、という役どころだったから、劇中にはすごい迫力で歌うシーンもあったけど、音楽や歌とはまったく関係のない、彼がただひとり無言で立っているワンシーンで、私は思わず息を飲んだ。

言葉で表現するのはすごく難しい。
お芝居の中で、彼の全身からほんの一瞬だけゆらゆら揺らめいた気配の色に、圧倒されていた。

その色は、私の好きなアーティストたちに共通する冷たい熱にも少し似ていたけれど、もっともっと複雑で、でも透きとおっていて、何よりとても、きれいだった。

テレビでちらっと見たことがあるくらいで、私は彼のことをなんにも知らなかった。
それでも感覚的に、この人はきっと、いろんな種類の失望や悲しみや葛藤に出会ってもなお、純粋なままとても美しくて強い「何か」を信じていて、同時に、彼の魂が求めてやまないその「何か」に、しっかり愛されている人なんだ、と思った。

あの一瞬の気配が役どころに依るものなのか、はたまた彼の本質なのか。
もしも本質なら、この人のやっている音楽をちゃんと聴いてみたい、と思った。

関ジャニ∞っていうグループの存在はもちろん知っていたものの、彼らが何人組なのかすらあやふやだった私は、彼らがバンドをやっていることはもちろん、どんな音楽をやっている人たちなのかも、まったく知らなかった。


一括りにするのはすごく失礼だけど、いわゆる「アイドル」の音楽に対して苦手意識を持っていた理由のひとつは、CD音源になった際の楽曲の仕上げ方にある。

例外はあるにせよ、シングルカットされるアイドル楽曲のほとんどは、キャッチーなメロディとあまり深いメッセージ性をあえて含まない歌詞をベースに、細かい歌割りや歌の上手い人と下手な人、声質のぶつかる人同士を重ねることで歌をブツ切りにして突出させない。
サウンドの音圧は極力平坦に抑えられているし、いつどこでどんなプレイヤーで聴いてもそれほど差異のない、よく言えば耳触りのいい、悪く言えば一度聴いただけでは印象に残りづらいものが多い。

それは裏を返せば、何度も何度も聴き込むたびに曲の中にどんどん新しい発見があるということだったり、愛着とともに時間や感情の記憶が混じって、聴く人の中にその曲が知らずに染み込んでいく構造になっているから、ファンの人たちはもちろん、テレビやラジオで無意識にその曲を繰り返し聴いている人たちにとっても、いつのまにかとても親和性のある音楽になっていく、ということでもある。

その戦略的な軽さと私の好きな音楽との間には、決定的に相容れない溝がある、というつまらない偏見から、私はかつて音楽ライターだったにもかかわらず、「アイドル」にカテゴライズされる人たちの音楽をしっかり聴いたことすらなかった。


映画を観て、それから、海外のサイトに落ちていた彼らのライブ映像を見つけた。
その中に、数年前のライブで渋谷さんが自作のソロ曲を歌っている映像があった。

メロディも歌詞も声も目も何もかもがまっすぐなその曲を歌っている彼の全身からは、さっき映画で観たのと同じ色が、強く強く発光していた。
その光と歌があんまり突き抜けていて、私はとっても感動した。

それをきっかけに、直近の作品から遡ってCDを聴き、友だちが早めのバースデープレゼントと称していちばん新しい関ジャニ∞のライブDVDをくれたのを期に他のライブの映像も少しずつ集めておおかた見ているうちに、この人たち、すごいなぁ、おもしろいなぁ!といつしか夢中になった。

ジャニーズのライブのおもしろさは高校時代に体感していたけれど、彼らのライブはエンターテイメント性が高いだけじゃなく、人間的なおもしろさも音楽的なおもしろさもたくさん詰まっていた。


一口に「音楽をやっている人」といっても、向いているベクトルやその人が自分の音楽のコアに何を置くかによって、表現の仕方もやる音楽も何もかもが変わる。

たとえば 、歌詞を大切にすることを優先順位のいちばんに置いているアーティストがいたとして、それも歌詞の内容に含むメッセージ性なのか、メロディに乗ったときの響きなのか、言語的な美しさなのか、言葉あそびなのかによって、完成する曲の印象はがらりと変わる。

音楽のジャンルを明確にライン化するのはとても難しい。

それは、一聴するとハードロックとクラシックにカテゴライズされる作品でも、それぞれのコアにあるものがもしも同じであったなら、おそらく聴き手の印象に残るのは表面的な音の違いではなく、そのコアだから。

関ジャニ∞の音源を聴いてみてわかったのは、彼らの音楽の軸は音楽性やその表現自体にあるのではなく、すべてのベクトルが「エイター(ファン)が楽しめること」にあるのではないか、ということ。

彼らに楽曲提供をするミュージシャンたちは、彼らのイメージに即した曲を作るとともに彼らの向こう側にいる大多数に対して「関ジャニ∞」を介して伝えたいことをメッセージとして組みこんでいるし、その選曲や彼らの自作曲はおそらく、大前提としてコンサートで演奏した際にどれだけファンの子たちが「一緒に」楽しめるか、を念頭にして作られている。

個々人それぞれが持っているこだわりや考えや嗜好やその他もろもろはみんな、そのコアを光らせるスパイスに留めている、そんな印象を受けた。


この音楽は、一方的な手紙ではなくて、会話なんだ。

音を細かく聴いていると、曲によって作り方も音質もクオリティもバラバラで、曲提供しているミュージシャンや彼ら自身のいろんなこだわりが随所にちりばめられているのがわかるけど、音源自体は全体的にやっぱりすごく万人に聴きやすく作られている。

そのちょっとした物足りなさをカバーする音が聴けるのが、ライブ、ということになるんだろう。


彼らのライブ映像を観ていて不意に泣けてしまったことが、一度となくあった。
それはきまって、彼らがバンドで演奏をしている曲だった。

たとえどんなに嘘をつくのが上手な人でも心臓の鼓動はコントロールできないように、音もやっぱり、嘘がつけない。

決してブレることのない軸といろんな制限の中で作られていった音たちを彼らが自ら演奏している時、たぶん口に出して言うことは叶わない類の彼らの感情の渦が「音」を介してだだ漏れてくる。

コアにあるものや音楽性がまったく違っても、音楽バカにはどこか共通して、特有のにおい、みたいなものがある。

そのにおいを持っている人間はたぶんみんな、音楽の中にある同じ何かを探したり信じたりしているし、その「何か」は心のいちばんやわらかいところとダイレクトにつながっている。

その「何か」とステージ上の演奏者がひとつになる瞬間がどんなアーティストのライブにも時々あって、それを目撃するたびに、私はいつも泣いてしまう。


ジャニーズのグループの在り方っていうのはある意味すごく独特で、その形について特に深く考えたこともなかったけれど、ひとつのグループの中にドラマもバラエティもトークもなんでもできる音楽バカがいっぱいいて、いい曲を作れる人もいて、色気のある演奏ができる人もいて、「歌」に愛されている歌い手までひとりいて、その周りにいるスタッフにもやっぱり愛すべき音楽バカがきっといっぱいいて、彼らをこよなく愛するスタッフやファンがいっぱい集まって大切に作り上げている「関ジャニ∞」は、それ自体がある意味ひとつの大きな作品なのかもしれない。


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夜の公園で自分の不甲斐なさに泣いたあと、家に帰って気晴らしに彼らのライブDVDに映っている彼らやお客さんたちのすごくいい表情を眺めながら、ふと考えた。


私の作る音楽のコアは、いったいなんだろう。


かつては間違いなく「言葉」だと思っていた。
forumiを作った時には「心」だと思った。

それも大切な要素ではある。
でも、核は違っていた。


いくら言葉を紡いでも、心を動かしても、私は私に霧雨を降らせることができない。

考える頭もせわしなく動こうとする心もからっぽにして霧雨が降るのを待つとき、私の中にあるものはたったひとつで、そのひとつを思い出すことができたらやっと私の音楽は空から降ってくるのに、私はいつも、そのひとつを忘れてしまう。


私の音楽のまんなかにあるもの。
それはいつだってずっと、「祈り」だった。


そのことにようやく気づいたとき、なんてこった、と思った。

まんなかに「祈り」がある。
ジュエリーやアートは最初からそれをわかって作ってきていたのに、音楽だけ、愛着や知識や記憶や感情や、そういうものがぐるぐる巻きになりすぎて本質が見えていなかったんだ。


草木も寝静まった頃、静かな部屋の中で、いまの自分の心のまんなかにある「祈り」に焦点をあててみたら、一ヶ月以上も煮詰まっていたのが嘘のように、旋律と最初の言葉が手をつないで空から降ってきて、それから30分後には『胎内記憶』のメイン曲のデモが完成していた。


私は祈りの先にいた目に見えない誰かと、気づくきっかけをくれた関ジャニ∞に、心から感謝した。


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『胎内記憶』の制作中、音楽と自分との関係をあらためて考えることもすごく多かったし、メイン曲ができてからは音楽のことと関ジャニ∞のことはセットで文章にしてみたいなぁ、と思いながらも、なかなか書けなかった。

忙しかったのもあるけど、本当の理由はものすごくくだらないことだったりもする。
何を隠そう、HIMIKAのジュエリーだ。


HIMIKAのジュエリーのコンセプトは「原点回帰と万物の調和」なので、すべてのシリーズに「∞」のモチーフがあしらわれている。

実は、私は映画を観て興味を持つまで、大変失礼ながら、「関ジャニ∞」は「関ジャニ8」だと思っていて、何かを見て正しい表記を知ったときに、あ、HIMIKAとおそろいだー、と思った。

そして、しまった、と思った。

たとえばこの数ヶ月、誰彼かまわず会う人に「最近関ジャニ∞に興味を持ってね」というと、100%の確率で「なんで!?(イメージと違う!)」と「誰が好きなの?」と尋ねられて、人々が持っている私や私の作るものに対するイメージ、あるいは彼らやジャニーズのファンの子たちに対するイメージの中にある固定観念みたいなものがもたらしている影響の強さをすごく感じて、私はおののいた。

ファンというのは往々にして、アーティストのイメージにつながるモチーフやカラーに過剰に反応してしまう性がある。

別に私自身はどんなイメージを持たれてもかまわないのだけれど、こういう公の場で関ジャニ∞について熱く語ったことで、万が一これからHIMIKAのジュエリーを見た人に「あぁ!だから∞なんだ!」って思われたらどうしよう、ということを、私は本気で心配していた。

しかも、一年以上前からずっとアイディアを温めてきた新作のリングは、あろうことかこの「∞」モチーフがおもいっきりメインなのだから、余計に頭を抱えてしまう。


そのうち、HIMIKAのお客さんに偶然関ジャニ∞のファンの子が現れて、おそろいで嬉しい!ってなってくれたらそれはそれでとっても喜ばしいことだけれど。



杞憂であることを祈りつつ、この長い文章を終えようと思う。
でもこの祈りは、なんの作品にもなりそうにない。









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